スピーチ大会の準備のお手伝いをしています。
年配の人と仕事をすることが多いのですが、仕事柄というのもあるのでしょうが、その国のことをよく知っているなぁと思わされることが多いです。
新聞を読んだり、いろいろな情報を能動的に集めているんだろうなと推測されます。
教師をやっていると「教師は世間知らずだ」ということをよく耳にします。確かに教師という仕事は、いわゆる「一般的な社会人」とは違うと言われても否定できないというのが私の個人的な印象です(先生をしているみなさんすみません…)。
「だから、社会人のように…をしなければならない」と言いたいのではなく、いいなぁ、と思うところは見習わなければならないと思うのです。
それがいいかどうか、ということではなく、せっかく自分よりある点において優れた人が身の回りにいるのだから、自分のために受け入れてみたらどうだろうということです。
学校にいると2つ、3つくらいしか歳の離れた人と交流をすることしかなかったです。
大学院でもせいぜい10歳くらいだったような気がします。
そして、教壇に立つと相手のほとんどは自分より年下です。
年下だからといって、自分より物事を知らないということはもちろんないのですが、「教師」と「学生」という関係、そして広く流布している「教師」はこういうものだ、「学生」はこういうものだというイメージを一方でも持っている限り、「教師」=「上の存在」、「学生」=「下の存在」という関係図はなかなか崩せません。
そうするといくら教師側が学生からある事柄について教えを乞おうとしても、学生側もなかなか突っ込んで話せないという無意識なためらいが生まれてしまうと思います。
スピーチ大会運営委員会に参加するのは、スピーチ大会の準備をすることがもちろん一番の目的ではありますが、こうやっていろいろな人のお話を聞けるのも、自分の中では目的の一つとなりつつあります。
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